2026/10/28
G-NETSが結んだ世界13都市。東京の上下水道施設で見たのは、人の育て方だった
2026年8月24日から25日の2日間、G-NETSワーキンググループ共同プロジェクトの一環として、世界13都市から18名の実務担当者が東京を訪れ、下水道と上水道の現場を視察しました。
視察で特に関心を集めたのが、設備や技術に加え、それを扱う人をどう育てるかという東京の取組です。下水道では管きょを再現した施設を、流下方向に、また水流に逆らって歩き、上水道ではVRで作業中の事故を疑似体験する。参加者は座学だけでは得られない実践的な体験をし、意見交換では、自都市の課題や取組と重ね合わせた発言が相次ぎました。
① 世界13都市が見た東京の下水道
各都市を悩ませる下水道の課題
参加都市の事情はさまざまです。ジャカルタは下水道の普及がまだ途上で、全域での整備を長期目標に掲げます。ダバオは管の口径が人口増加に追いつかず、ごみの不法投棄が洪水を招くことを課題として挙げました。ヌアクショットが挙げた課題は、浄化槽への依存と高い地下水位、そして洪水でした。
人を育てる場に軸足を置く東京都下水道局
区部の地下には約16,200キロメートルの下水道管が走り、約49万個のマンホールがあります。それらを支える職員は約2,500名です。職員の技術・業務ノウハウの継承とともに、下水道界全体の人材育成、技術継承、技術力向上を見据えた育成の拠点が、視察先の下水道技術実習センターです。2013年10月の開設で、土木、機械、電気、環境検査の4分野を扱います。
老朽化対策に係る施策の要のひとつが、道路を掘らずに施工可能なSPR工法です。既設の下水道管の内側に、塩化ビニル製の材料を巻き、管との間隙に裏込め材を充填することにより既設管と一体化させます。下水道管きょでも水を流しながら施工可能で、大口径から小口径まで幅広く対応できるほか、円形、馬蹄形、矩形など、さまざまな断面形状にも対応可能です。
バンコクの参加者は「交通量が多いので夜間しか掘れず、朝4時までに路面を戻さなければならない」と語りました。カタルーニャの参加者は「多額の投資が必要だからこそ、道路を掘らずに工事ができるこの技術がいい」と、財政面から評価しました。
安全を「知る」から、「体感する」へ
参加者はヘルメット姿で実物大の人孔モデルへ。地上から約4メートルの深さのマンホールと、それに接続する下水道管が再現され、硫化水素等のガス検知と安全帯装着の説明のあと、直径約1.5メートルの管内をかがんで通ります。マニラの参加者は「初めての経験です。うちの意思決定者の多くも、入ったことがないと思います」と、率直な感想を語りました。
区部の下水道は約8割が、生活排水等の汚水と雨水を同じ管で集める合流式です。豪雨時は越流堰を越えて川や海へ放流され、水面に浮いたきょう雑物までが流れ出てしまうことがあります。水面制御装置は、ガイドウォールと水面制御板の2枚の壁だけで水とゴミなどの行き先を分けます。水面制御板の後方に生まれる渦がゴミを引き込み、水は放流され、ゴミなどを含む下水は水再生センターへ向かう下流の下水道管へと流れます。動力を使わず水の流れのエネルギーだけで成り立つため、かつて必要だったフィルターや電力を使う設備が不要となり、維持管理の手間も軽減されます。
この日の山場が、管路内水中歩行モデルでした。水位40cmの管モデルに5人〜7人ずつ入り、流れに沿って、また逆らって歩きます。床はコンクリートとPVCで材質を変えてあり、滑りやすさの違いが足の裏に伝わります。流速が大きくなると、逆らって進むのは急に難しくなります。だから緊急時は流れに沿って下流へ向かう。頭で理解するだけでなく体で覚えるための訓練です。
地震対策の説明もありました。地盤の液状化でマンホールが浮き上がって地上に突き出すと、緊急車両の通行の妨げになります。都が実施するフロートレス工法は、地下水圧が一定に達すると注水口の蓋が外れ、マンホール内に浮力を逃がすことで浮上を防ぎます。緊急輸送道路等から優先的に整備が進んでいます。この装置に反応したのが、ブリュッセルの参加者でした。老朽管を防水化する工事のあいだにも地下水位は上がる。その制御にこの弁が使えるのではないか、と意見交換の場で提案しています。
ポンプ所の中央監視室を模した設備では、豪雨や停電時の対応も体験。題材が、見学の前々日にあたる8月22日に東京で大雨が降ったときのデータだったことにも参加者から関心が寄せられました。
② 1,385万人の暮らしを支える東京の上水道
各都市が抱える上水道の課題
2日目は上水道関連施設を見学。そこで共有された課題のひとつは、無収水です。浄水場から配水された水のうち、漏水などが原因で料金回収につながらなかった水の割合を国際的に無収水率(Non-Revenue Water Rate)と定義しており、ジャカルタでは2024年に約46%に達しています。イスタンブールは2020年の約21%から、2024年には約19%まで下げてきました。
もうひとつ、複数の都市が挙げたのは、水道水に対する市民の信頼です。水質を確保するだけでなく、その安全性を市民に信じてもらえるかどうかが問われています。クルドゥフシの参加者は「水道事業者が供給する水の安全性を、市民が信用していないのです」と打ち明けています。
低い漏水率を支える、研修と技術開発
午前中に訪れた東京都水道局の研修・開発センターは、研修と開発が一体となった施設で、事務系を含め181種類の研修を実施しています。
屋外の土留構造モデルでは、参加者が一列になって地表面より下へ降りました。掘削現場を模した設備にはあえて誤った施工箇所が仕込まれ、受講生が自分の目で探します。
露出配管エリアでは、漏水修理の実演がありました。職員が管にまたがり、水が噴き上がる破孔を塞ぐ訓練が実演されました。
展示室には、地震でも抜けない耐震継手管の模型がありました。管路の伸縮量は管長の±1%で、地震で管が動いても抜けない構造になっています。こうした訓練の積み重ねや、さまざまな技術によって、東京の漏水率(浄⽔場から配⽔された⽔のうち、浄⽔場から各家庭のメータまでの間で漏⽔した⽔の割合)は3%台に保たれています。
事故を疑似体験し、「安全」を自分ごとにする
25日午前の最後は、「VR安全体感装置」の体験です。実演されたのは、感電と高所からの落下の2つのシナリオです。体験しない参加者もスクリーンで体験者視点の映像を追い、感電・落下の瞬間には会場からどよめきが起こりました。
VR体験のスタート画面に表示されるのが「安全第一」。もとは米国の「Safety first, Quality second, Production third」で、日本にはそのうち安全第一だけが根づいたと、センターの担当者は説明します。
全行程後に実施した意見交換会でも、この体験への言及が続きました。感電のシナリオを体験した新北市の参加者は「命の尊さを本当に感じました。いま『生きていてよかった(日本語で)』と思っています」と言葉にしています。
バンコクの参加者は、自身の経験を重ねます。工事監督時代、部下が現場から水面に落下したことがありました。「安全の話は、何度も言われると聞き流されてしまう。だから伝え方を変える。疑似体験した人は、一生忘れないと確信しています」。
ロサンゼルスの参加者は、この標語を覚えていました。「ロサンゼルスの水道局でのスローガンは『安全にできないほど重要で緊急な仕事は存在しない』です。同じ思いを共有していると思います」。本庁舎の前には、公務中に亡くなった職員の慰霊碑があるといいます。
高品質な水道水を供給するための高度浄水処理—三郷浄水場
東京都水道局は約1,385万人へ1日418万立方メートルを送っています(令和6年度末時点)。午後に訪問した三郷浄水場は10か所ある浄水場のうち4番目の規模で、1日110万立方メートルの処理能力を持ちます。利根川の水質悪化に伴うカビ臭対策として、1999年と2013年に高度浄水処理施設が整備されています。
乾燥空気に約7,000ボルトをかけて発生させたオゾンが原因物質を分解し、生物活性炭の微生物が有機物やアンモニア態窒素を除去する。その仕組みが解説されました。
質疑応答では、質問が水の安全性に集中しました。象徴的だったのが、ジャカルタの参加者の「家庭に水が届くまで、飲用に適していることを政府はどう保証するのですか」という問いです。浄水場の担当者は、「国は水質基準を定めている。東京都水道局は東京都独自のさらに厳しい目標を設けるとともに、都内131箇所の給水栓に水質自動計器を設置し、24時間365日水質をチェックしている」と答えました。
意見交換会で見えた、各都市の関心と共通課題
両日とも、見学のあとは18名全員が発言する意見交換会が開かれました。同じ顔ぶれでも、関心の向く先は分野によってはっきり切り替わります。
下水道の1日目、複数の都市から挙がったのは「訓練施設を持っていない」という声でした。イスタンブール、新北市が相次いで同等の施設がないことを挙げ、パリの参加者も「我々の訓練センターは小さく、各設備のサンプルがあるだけで、主に安全訓練用です」と明かします。参加者の関心は、施設そのものだけでなく、安全な環境で理論を実践へとつなげる人材育成の方法にも集まりました。
上水道の2日目、議論の中心は水の安全性と、水道水を市民に安心して飲んでもらうための信頼の醸成に移ります。バンコクの参加者は「課題は、つくった水が飲めるものだと市民に信じてもらうこと。いまはボトルの水を買うしかなく、水道水を飲む勇気がない市民が多い」と語りました。
東京での学びを次の連携へ—広がる都市間交流
G-NETSは、共通の課題を抱える都市どうしが知見を共有し、解決策を探るために東京都が立ち上げたネットワークです。今回の対話も、その場かぎりでは終わりません。下水道からのエネルギー回収をめぐる議論では、ブリュッセルが資料を配ると申し出、ロサンゼルスは担当エンジニアにつなぐと応じました。
課題の多くは、程度の差こそあれ共通しています。それを端的に言い表したのが、トロントの参加者の言葉です。「地球の裏側に住んでいるのに、課題がどれも似ている。私たちは解決策を探す大きな家族のようなものです」。東京都の担当者は、状況は違っても目標の多くは共有されており、だからこそ都市間の協力がこれまで以上に重要になると締めくくりました。
一方通行の施設見学にとどまらず、実践的な体験を共有し、それぞれの都市が抱える課題について意見を交わす。さらに都市の担当者同士をつなぎ、次の知見共有へとつなげていくことも、G-NETSが目指す都市間連携のひとつです。
参加都市
バンコク・ブリュッセル・カタルーニャ・ダバオ・イスタンブール・ジャカルタ・クルドゥフシ・ロサンゼルス・マニラ・ニュータイペイ(新北)・ヌアクショット・パリ・トロント(アルファベット順)