2026/07/29
創造性が、都市空間にふたたび息を吹き込む
サステナビリティ(持続可能性)とは、将来の世代のために環境を守ることだけを意味するのではない。現在の環境を向上させ、人々のウェルビーイング(人々の幸福度)を高めることもまたサステナビリティといえる。
2026年4月27〜29日に開催されたG-NETS第3回首長級会議では、世界の都市が共通して抱える課題の解決に向けた知見が共有され、都市のレジリエンスやウェルビーイングについて活発な議論が行われた。同時に開催されたアジア最大の国際イノベーションカンファレンス「SusHi Tech Tokyo 2026」では、持続可能な都市を実現する多様なテクノロジーが一堂に会した。
デトロイト市の挑戦:荒廃から美へ
米ミシガン州東部に位置するデトロイト市にとって、都市の荒廃は長年にわたって大きな課題となっていた。廃墟化した建物、放置された空き地、荒れた路地は、自動車産業の工場閉鎖に続く人口流出と経済的苦境を象徴していた。だが同市では近年、芸術や文化活動、地域主体の取り組みを通じて地域の再活性化に取り組み、市民たちの誇りを取り戻しつつある。
1701年にフランスとの交易拠点として設立されたデトロイトは、20世紀初頭に急速に発展し、世界有数の製造業の中心地となった。フォード・モーター・カンパニー、ゼネラル・モーターズ(GM)、クライスラーといった自動車大手の台頭により、「モーターシティ(自動車の街)」の愛称で呼ばれるまでになった。ヘンリー・フォードが導入した組み立てラインの改革が工業生産のあり方を刷新、全米から多くの労働者を引き寄せた。その中には、「グレート・マイグレーション(大移動)」と呼ばれた20世紀前半に、人種差別を逃れて南部から北部へ移住した多くのアフリカ系アメリカ人たちも含まれていた。
デトロイトはまた、音楽とアートにおいても世界的な文化の発信地となった。1959年、ベリー・ゴーディ・Jr.がモータウン・レコーズを設立。モータウンサウンドを世界に送り出し、アメリカのエンターテインメント産業における人種の壁を打ち破る一助となった。モータウンには、スティーヴィー・ワンダー、マーヴィン・ゲイ、ダイアナ・ロス&シュープリームスなど、錚々たるアーティストが所属した。モータウンにとどまらず、ソウルの女王アレサ・フランクリン、ラッパーのエミネム、ジャズ音楽家のアリス・コルトレーン、ホアン・アトキンスらテクノ音楽のパイオニアまで、多彩なジャンルの影響力あるアーティストたちを輩出してきたのがデトロイトだ。
同市が推進するアート施策のプロジェクトマネジャーを務めるレーシー・ホームズ氏は、G-NETS第3回首長級会議の「文化・スポーツ・エンタメ振興」セッションに登壇し、こう述べている。
「世界のどこを訪れても、芸術があるところには、デトロイトとのつながりがあることがわかります。創造性は私たちの地域に、通りに、家庭の中に根付いてきました。創造性を支援することは、単に優れた政策というだけではなく、文化を育て、人々のウェルビーイングを築くということです」
創造性という豊かな遺産がデトロイトの都市再生のカギとなった。その変革を牽引しているのが、ホームズ氏が所属する芸術・文化・アントレプレナーシップ局(ACE)だ。中でも、マイク・ダガン前市長が掲げた「荒廃から美へ(Blight to Beauty)」政策の一環として始まった「アート・アレイ」プロジェクトには目を見張るものがある。荒れた路地裏の活気を取り戻すため、地域の住民を巻き込みながら、枯れ木を伐採し緑化を進め、壁面をアートで埋め尽くすなど、さまざまな取り組みが行われてきた。
このプロジェクトにより、放置されていた9つの路地裏が景観豊かな「アート・アレイ」へと生まれ変わった。地元アーティストや住民たちが制作した壁画や彫刻、照明が置かれ、パフォーマンスができる広場も備えている。連邦政府による新型コロナ対策の経済支援を活用して壁画制作の資金を確保。かつて衰退の象徴だった空間を地域の資産へと転換させるべく、45人のアーティストに壁画制作を依頼した。ホームズ氏の調査によれば、市内には900カ所の壁画がある。USA TODAY紙はデトロイト市を2026年の「ストリートアートの街」の第6位に選出している。
多くの場合、アートの活用と合わせて環境も整備され、道路の補修や下水の改善が進み、緑化も行われた。9つのアート・アレイのひとつ「パッセージ・トゥ・ウェルビーイング」には、蝶を呼び込むバタフライガーデンや車椅子で入れる庭園、地域住民のために非常用電源を備えたスペースまである。
ノースエンド地区にあるアート・アレイでは、オークランドアベニュー都市型農場と協力し、農業とサステナビリティ、パブリックアートを融合させた。公園や交流スペース、色鮮やかなインスタレーションが混じり合い、放置されていた公共空間が住民の集う場所へと生まれ変わっている。さらに市は、壁画制作を支援する「シティウォールプログラム」を拡充し、クリエイティブな経済活動を支援。地元の歴史とアイデンティティを反映したアートの制作を資金面でサポートし、市内125カ所を超える壁面が美しい壁画で生まれ変わった。
アートは市民が再び集う場を築くインフラ
ミシガン州ではクリエイティブ分野への投資1ドルが5ドルの経済活動を生むと、ホームズ氏は指摘する。アートや文化に対する幅広い支援の一環として、デトロイト市では作曲家や詩人に名誉の称号を与え、オフィシャルな歴史家を任命している。
ホームズ氏はG-NETS首長級会議のセッションでこう語っている。「私たちの取り組みは、単なる再建ではなく、再構築です。空き地を表現の場に変え、パブリックアートに投資し、人々が再び集う理由をつくってきました。デトロイトは今、成長を続けています。この経験から学んだのは、クリエイティブな活動は街を飾るだけではなく、癒やす力を持つということです。芸術は決して余剰ではなく、インフラ(都市基盤)だということです」
同市のプロジェクトの多くにおいて、地域コミュニティが中心的な役割を果たしている。住民たちがアーティストの選定やデザインの方向性に関わることも多く、行政のトップダウンの再開発ではなく、地域の文化を反映するよう工夫されている。こうしたアプローチが地域の当事者意識を高め、長年放置されてきた公共空間を住民自身が取り戻す後押しをしていると、プロジェクトの支援者たちは指摘する。
G-NETSで共有された都市の文化政策
ホームズ氏と共にセッションに登壇した他の都市の担当者も同様の見解を示した。ベルリン市(ドイツ)の儀典局長ジョージ・クラスマン氏は、同市の博物館やフェスティバル、文化・スポーツイベントを紹介。これらが市民のDNAであり、ウェルビーイングに貢献していると語った。クルドゥフシ市(モルディブ)のモハメド・アティーフ市長は、人口1万3000人の小都市にとって文化やスポーツのインフラは重要だと強調した。ポルト市(ポルトガル)のペドロ・ドゥアルテ市長は、コミュニティの生活は文化、公共空間、モビリティの3つの柱で支えられていると論じた。またクイーンズランド州(オーストラリア)州政府駐日事務所の猪岡メリッサ所長は、2032年に同州ブリスベンで行われるオリンピック・パラリンピックは、クイーンズランドの14の都市と地域を世界に発信する重要な機会になると語った。
芸術を取り入れるだけで経済の課題や住宅問題を解決できるわけではないが、市の幹部や地域の活動団体は、都市再生にはクリエイティブで居心地のいい公共空間づくりが重要であることを徐々に認識するようになった。かつて荒廃の象徴だったデトロイトが、インフラ整備とパブリックアート、地域との協働を組み合わせ、回復力に富む再生の象徴になろうとしている。このメッセージは、東京に集まったG-NETS首長級会議の参加者に深く響いた。
ホームズ氏は言う。「最近の世界情勢を考えると、G-NETSはとても刺激的な場だと感じます。私たちは異なる国の異なる市から集まっていますが、同じ課題を抱えています。共通しているのは、市民一人一人に目を向け、生活の質全体を向上させることを重んじる姿勢です。どの都市も市民ファーストを重視していることが伝わってきて、とても勇気づけられました」